「法隆寺大工は一打三礼や。

　 　　　千年もってくれ、千年もってくれと祈る気持ちが大切やで。」　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　法隆寺宮大工　　西岡常一

法隆寺は世界最古の木造建築物ですが、実際は各時代に増築や修理がなされているんですね。

だから飛鳥時代から明治時代までの建築様式や工人たちの姿勢などの比較検証ができます。

法隆寺に来られたら、じっくりと伽藍内を歩いてみて下さい。

柱のぬくもりを通して、「斑鳩の風土」と「木の命」をよく考え抜いた飛鳥の工人達を偲ぶことができます。

歯医者の仕事にも、技工士の仕事にも相通じるところがあると思いますよ。

患者さんそれぞれによってお口や歯の環境や個性が違うので、

一人のドクターが一度に多くの患者さんを診ると、どうしても中途半端になってしまいます。

また、技工物の大量生産は、ときには各個人のお口と歯に調和しない不自然なものとなります。

「一打三礼」の気持ちで仕事ができなければ、どうしても満足のいかない結果に終わってしまうでしょう。

それでは西院伽藍をご案内いたしましょう。案内役は地元のワンパク坊やです（笑）。

　まずは南大門をくぐってみましょう。

中門の向こうに五重塔と金堂が見えますね。

屋根の形ひとつとっても、何となく他のお寺とちがうでしょ？

軒が深くて、まるで鳥が大空に羽ばたこうとしているみたいでしょう？

　石段を数段上がれば中門です。柱に注目してみましょう。

左端の明治時代の修理の柱と比べ、右側の柱は節だらけでゴツゴツした感じですね。

飛鳥の柱の特徴は、木が元々生えていた方向のまま位置づけていることです。

つまり南を向いていた面はそのまま南向きにして柱にするんです。

木の南側の面は枝が多いので、法隆寺の柱の南面は必然的に節も多くなるんですね。

さらに、同じような風土で長年生き延びてきた丈夫な木を使うという非常に贅沢なこともしているんですね。

だから柱になってからのひずみも小さく、木の命が脈々と息づいているんです。

それでは回廊左手の入り口から入ってみましょう。

中門の裏側の柱群ではエンタシスに直接ふれることができますよ。

　回廊を歩いてみましょう。美しい連子格子(れんじこうし)がありますね。

左側が飛鳥時代の連子格子、右側が後世のものです。飛鳥時代の木は少し不揃いですね。

飛鳥時代には鋸(のこぎり)はまだないですから、これらの小さな柱は木を割って作ります。

そして使える木を選択し、それぞれの特徴を見抜いて、バランスをとりながら並べます。

一方、後世のものは木目を無視して全て同じサイズに切り揃えていますので、

あとからひずみが出てきて、間隔に狂いが生じてきていますね（中央部）。

歯科でも、それぞれの歯のクセ、お口全体のバランスを見抜くというのが必要じゃないですか。

エナメル小柱象牙細管の走向、コアの形状、窩洞の形、歯の植立方向、加齢による変化などなど

日常の臨床でも我々が考慮すべきことは数多くあると思います。

そうでないと、どっか無理のある部分がトラブるでしょう。

　次に回廊の上の方を見てみましょう。

左側が飛鳥時代、右側が室町時代の増築部分です。梁の形が違うでしょう。

この梁は「虹梁」といいますが、飛鳥時代のそれは微妙なカーブがついています。

この梁の上に「人」の字のように２本の束が乗っかっていますが、

飛鳥時代の束は分岐部でも隙間なくぴったりと合わさっています。

室町のものは規格通りに切った当初はぴったりと合っていたんだろうけれど、

束にかかった屋根の荷重は、股を開くような感じでまっすぐな梁にかかり、

力の分散ができずに、しばらくして分岐部に隙間ができてきたのでしょう。

きっと深く考えずに、表面的に飛鳥時代のの真似をしたからだと思います。

で、虹のような微妙な奥深いカーブはめんどくさいから、さっさと作って家へ帰ったと（笑）。

さらに増築部分では、分岐部に支えの木まで入れているところも多いんですよ。

我々の仕事は「硬組織」と「軟組織」の双方を相手にします。

義歯がその例ですよね。

模型では軟組織も硬組織になってしまいます。

生体についてじっくりと考えれば、規格通りにつくればいいというものではありませんね。

技工物にも「生命」を吹き込むこと、とりあえずこれを目指しましょう。

これらの長持ちする建築物は優れた大工道具から生まれてきます。

優れたというのは高価ということではなく、よく手入れされたものといえるでしょう。

刃物なら「研ぎ」のよしあしですね。

私も歯を削らせていただくときは、「ブレないバー＋マイクロモーター」で

ポジションをしっかり定めて形成しているつもりですが、

石膏模型を見るたび、自己嫌悪にしばしば陥ります。

技工士さんもかわいそうですね。すまんこってす・・　(^_^;)。

もし法隆寺に興味を持たれましたら、一度斑鳩の里にいらしてください。

私の部屋から塔が見えますよ（というか、見える位置に強引に自分の部屋を設計したんですけど）。

来られない方は、下の本がお薦めですので、読んで雰囲気だけでも味わって下さいませ。

「木に学べ」　　西岡常一　　小学館

「木のいのち、木のこころ」　天、地、人篇　　　西岡常一他　　草思社

「蘇る薬師寺西塔」　西岡常一　　草思社

「日本人はどのように建築物をつくってきたか　１　法隆寺」　西岡常一他　　草思社

「古寺再興」　長尾三郎　講談社文庫

「法隆寺を支えた木」　西岡常一他　NHKブックス

　　　　　その他にもいろいろあると思います。

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